慶長年間(1600年ころ)、秋田藩初代藩主佐竹慶宣公が現在の常陸太田市から転封になったころ、常陸太田の民俗芸能である天神囃子と土崎港の文化と融合しできたのが「港ばやし」といわれ、土崎神明社祭の曳山行事(土崎港曳山まつり)で奉納される曳山の上にある囃子櫓で演奏します。港ばやしは、荒々しさや烈しさの中にも豊かな人情味あふれる港町土崎の民俗芸能として伝わる伝統芸能です。
 昭和20年(1945年)、終戦以前の港ばやしは、土崎港とその近在で芸に秀でた多くの諸先輩により、お祭りとなれば有志を集い演奏されておりました。しかし、名人芸を以てしても、あくまで個人芸に留まり、わずかに先人の師弟関係だけによって港ばやしの伝統が温存されていました。その先人としては、港和会の直系家元として四ツ屋佐吉、塩谷東蔵、和合谷直蔵(何れも故人)らが、また、篠笛や太鼓の桴さばきなど名人芸の持ち主であった高田重四郎、加賀谷鬼子治、白瀬兼蔵、菅原勇蔵、長谷川平治、宇佐美源太郎ら(何れも故人)もおり、お祭りで奏でられている演奏曲の伝統を守り、港和会への指導に当たってきた方々です。

 港ばやしは、終戦前までは、伝統芸能として港ばやしの全てを取り仕切っていた家元制度という形で受け継がれてきましたが、土崎に囃子方が少なく下北手や上北手、時には角館や大曲から人を頼んでいました。その人たちの演奏は、似てはいましたが厳密に言えば違っており、本来の港ばやしではありませんでした。そのことに大いに危機感を覚え、正当な港ばやしを残したいという思いから、昭和22年(1947年)、家元和合谷直蔵が、港ばやしの伝統の保存育成を心がけ、彼の実子慶次郎、慶三郎、慶宣らに土崎の同好者を回り、会の結成を呼び掛けるよう伝え、伝統継承を図ったのが港和会の始まりです。

 港和会が発足したころの土崎港は、昭和20年8月14日夜から15日未明にかけての土崎空襲で大きな被害を受けた直後の敗戦、経済的荒廃と極端な食料・物資不足など、日々の生活が苦しい時期でした。民主化の動きが徐々に広まる中でしたが、現在の自由な社会とはかけ離れた時代で、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の統制下におかれ、戦後初の曳山奉納では武者人形の刀や武器を模したものは規制され、湊剣ばやしも「湊拳ばやし」と表現したと伝えられています。このような激動の時代に、港ばやしの将来を憂い、家元制を廃止し保存会を発足するという英断を下し、土崎港に初めての保存団体である港和会が誕生したのです。

 お祭りを「楽しむ」ことはとても大切な事です。同時に土崎の宝である港ばやしの伝統芸能を守り、次代へつなぐ事もとても重要なことです。私たちは、家元や諸先輩の「正調港ばやしをしっかりと残して欲しい」という(おも) いを引き継いでいる唯一の会として保存伝承に努めています。(敬称略)

  • 2026.1.04
    出演情報(ラジオ)

    1/5(月)13時からABSラジオで放送の「えきなかSESSIONエキマイク」に港和会が出演、演奏&インタビューをお届けいたします。

    その時間にラジオを聴かれない方はradiko(ラジコ)をご利用ください。タイムフリー機能では7日間聴くことができます。ぜひ、お聴きください!!

  • 2025.12.01
    ウェブサイトリニューアルのお知らせ

    いつも土崎港ばやし保存港和会のウェブサイトをご覧いただき、ありがとうございます。

    本日、当ウェブサイトがリニューアルいたしましたので、ぜひごゆっくとご覧ください。

  • 2025.11.21
    港和会演奏のお知らせ(11月、12月)

    [セリオンまつり]

    日時:11月22日(土)10時~16時

    ※港和会の演奏は10時からです!

    場所:セリオンリスタ

    ※セリオンまつりは22日(土)から24日(祝月)開催!(最終日は15時まで)

    セリオンまつり2025

     

    [第12回新舞踊・民舞・民謡・フラダンス・港ばやしフェスティバル]

    日時:12月7日(日)12時開演

    場所:北部市民サービスセンター(キタスカ)地域文化ホール

    主催:土崎民舞扇豊会

    毎年恒例のチャリティーイベントへ今年も出演!ぜひ足をお運びください。

    ※入場無料/チャリティーへのご協力をお願いいたします。

  • 2025.10.18
    港和会演奏のお知らせ(10月後半)

    [第58回東成瀬村産業祭「秋田の伝統芸能を堪能しよう」]

    日時:1025()1150分~(港和会1220分~)

    会場:東成瀬村民体育館

    港和会が横手市の「仁井田番楽」(秋田県無形民俗文化財)と共に東成瀬村に登場します!

    秋田の伝統芸能を堪能しようチラシ

     

    [秋田県芸能フェスティバル2025

    日時:1026()1030分開演(港和会11時~)

    会場:あきた芸術劇場ミルハス(大ホール)

    入場:1,000円(高校生以下無料)

    昨年に続き出演。今年は新柳町演芸の皆様と秋田音頭を共演します!

    ※入場チケット若干準備できますので本サイト下部「お問い合わせ」からご連絡ください。

    秋田県芸能フェスティバル2025チラシ

  • 2025.9.29
    港和会演奏のお知らせ(10月前半)

    10月前半の港和会演奏のお知らせです。

     

    [第13回キタスカまつり「芸能発表会」]

    日時:10月5日(日)15時~(予定)※芸能発表会10時~

    会場:キタスカ1階「地域文化ホール」

    入場無料です!(出演時間は目安のため前後する可能性があります。)

     

    [こっちゃけ野外フェス]

    日時:10月11日(土)11時~

    会場:イオン土崎港店駐車場特設ステージ

    残念ながら来年2月末での閉店が発表された「ジャスコ」で感謝を込めて演奏します。

    こっちゃけ野外フェスチラシ

     

    [土崎みなと夜市](小学校港ばやしクラブ演奏サポート)

    日時:10月11日(土)12時~

    会場:道の駅あきた港「イベント広場」特設ステージ

    港和会でクラブ指導を行っている土崎小学校、港北小学校両校港ばやしクラブが出演するステージの演奏サポート。土崎南小学校港ばやし部、土崎小学校秋田音頭クラブも出演。当会ジュニア会員も活躍します!

     

    [第68回秋田市芸術祭「総合芸能公演」]

    日時:10月12日(日)13時開演

    会場:あきた芸術劇場ミルハス中ホール

    入場:1,000円(中学生以下無料)

    ※ご覧になりたい方へ入場チケットをお渡しします。本サイト下部「お問い合わせ」からご連絡いただくか、当日会場に会員がおりますので受付で「港和会を見に来ました」とお声掛けください。

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港ばやしについて

 お祭りの中で、囃子はとても大切なものです。囃子の音色に誘われてお祭りに出かけた経験がある人も多いかと思います。
 囃子には人を惹きつける力があります。囃子の語源は「はやす」で、まわりからほめ讃えて、引き立てて、その人が持っている力を存分に発揮できるように良い調子にのせることを言います。身近な例では、歌を歌っている人に対し、手拍子をしたり、手を振ったり、かけ声をかけたりすることが、「はやす」「はやしたてる」ということです。
 つまり、囃子は、「はやす音楽」、まわりの雰囲気を盛り上げ、皆を元気づける音楽なのです。

 土崎神明社祭の曳山行事の囃子は、「港ばやし」と呼ばれています。港ばやしがどのように生まれたのか、その経緯は定かではありませんが、関ケ原の合戦の後、秋田に国替えされた佐竹義宣公の城下町であった、現在の茨城県常陸太田市には、「天神囃子」という「港ばやし」の曲の一部と非常に似ている囃子が伝えられており、佐竹氏と共に秋田に移り住んだ人たちの伝統文化と、秋田に、もともとあった芸能が結びついて現在の港ばやしが生まれたとも考えられます。
参考文献:『土崎神明社祭の曳山行事伝承活用テキスト』秋田市教育委員会

曲目紹介

 港ばやしには、現在、「寄せ太鼓」「湊ばやし」「湊剣ばやし」「加相ばやし」「あいや節」の五つの曲があります。昔は、「丹前ばやし」「浴衣ばやし」という曲もありましたが明治後期から大正の頃に途絶えてしまいました。
 なお、ここでは、全ての曲を含んだ意味での「みなとばやし」を「港ばやし」、港ばやしの曲目である「みなとばやし」を「湊ばやし」と表記しております。

寄せ太鼓

 7月20日と7月21日の昼、穀保町の御旅所に神輿を迎え、また送る時まで演奏されます。各町内の曳山が揃い、神輿の到着に一斉に鳴り響く「寄せ太鼓」は曳山行事の大きな見所のひとつです。
 「寄せ太鼓」は、神様をお迎えするとともに、大勢の人を寄せ集める時に、演奏される曲であることからこの名前がつけられました。お祭りの雰囲気を盛り上げる、賑やかで威勢の良い曲です。

湊ばやし

 7月21日、穀保町の御旅所から神輿を見送った後、各町内の曳山は本町通りを通り、相染町に向かいます。これを「御幸曳山」と呼びますが、湊ばやしは、主に、この「御幸曳山」の時に演奏される行進曲であり、港を表現した代表的な曲であることから「本ばやし」とも呼ばれています。
 寄せては返す波の如く、勇壮豪快で、港っ子の心意気を伝える曲です。

湊剣ばやし

 「御幸曳山」の時に演奏される、リズミカルな曲です。佐竹氏が出陣時の戦勝祈願としてはじめられた囃子とも、平鹿地方の狐ばやしが起源とも言われております。
 大正時代の中ごろに一時、途絶えかけましたが、昭和31年に港和会の先輩たちが復活・復元しました。昭和49年に剣の舞、扇の舞を振り付けました。
 この踊りは、昭和57年の祭典において清水町一区の「御幸曳山」で披露してきました。

加相ばやし

 主に「御幸曳山」の時に演奏される曲です。明治22年、土崎港町に隣村の相染新田村が合併された時に創作しました。
 「加相」とは「相染が加わる」という意味であり、曲の前半が、相染新田村に合併前にあった囃子、後半が湊ばやしという構成になっています。
 湊剣ばやしと同じく、一時、途絶えかけましたが、昭和31年に港和会の先輩たちが復活・復元しました。

あいや節

 「御幸曳山」により相染町に到着した各町内の曳山が夜、それぞれの町内に帰ることを「戻り曳山」と言います。
 「あいや節」はこの「戻り曳山」で演奏される曲です。お祭りのフィナーレである「戻り曳山」にふさわしい哀調のある曲です。
 盆踊りの曲がもとになっているとも、全国に様々な形で伝えられている「ハイヤ節」を起源としているとも言われています。

湊剣ばやし・加相ばやしの
舞踊について

 湊剣ばやしには「剣の舞」「扇の舞」、加相ばやしには「扇の舞」と呼ばれる踊りがあります。この踊りは港ばやしの普及・発展に尽力した和合谷慶宣初代会長が所属団体を通して親交の深かった細谷忠一郎氏に依頼し、昭和49年に振り付けられ、初代会長が用意した裃を着て、お祭り当日も含め、様々な演奏時に披露されてきました。
 近年、演じる機会の減少等、踊りを見ることがなくなりつつありましたが、創立70周年を機に再び披露すべく練習を開始、保存・継承を行っています。

movie coming soon...

港和会について

名 称 土崎港ばやし保存港和会
設 立 昭和22年(1947年)5月
会 長 明珍 彰
会員数 64名(令和7年11月現在)
役 員 会 長 明珍 彰
副会長 相楽 裕
副会長 加藤 渉
副会長 筒井 雄也
事務局長 佐渡谷 和裕
理事 本間 照久
理事 佐藤 晃一
理事 大川 喜隆
理事 村上 光
理事 小林 大亮
理事 渡部 瑞樹
理事 越後谷 正明
会計 佐渡谷 和裕
会計監査 藤田 和弘
会計監査 柴田 秀人
設立趣旨  土崎港ばやしは、戦前までは伝統芸能としての港ばやしの全てを取り仕切っていた港ばやし家元制度という形で受け継がれてきましたが、土崎に囃子方が少なく、他地域に応援を頼んでいました。しかし、その方たちの演奏は、似てはいましたが厳密に言えば違っており、本来の土崎港ばやしではありませんでした。そのことに大いに危機感を抱き、正当な土崎港ばやしを残さねばならないと、戦後間もない昭和22年(1947年)5月、正調土崎港ばやしの保存育成、伝統継承を目的に、土崎港に初めての保存会である港和会が結成されました。港和会は、家元や先輩諸氏の「正調港ばやしをしっかりと残して欲しい」という(おも) いを引き継いでいる唯一の会です。
加盟団体 秋田県民俗芸能協会/事務局長・監事
秋田市文化団体連盟/理事
北部サークル連絡協議会

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